香取神社

社  史

太平洋戦争後、河川改修が行われるまでは、しばしば洪水に悩まされた。しかし、その洪水は当社の創建と深くかかわっており、氏子の間には次のような話が伝えられている。
当社の南側を流れる川(葛西用水)が、まだ利根川の本流だったころのある年、大水があった。その時、下総国の香取神社から神体が丸木舟に乗って川を遡り、この地に漂着した。村人は有り難く思い、その神体を、当時はまだ真菰の生い茂る原野であったこの地の中でも最も高い所を選んで、小さな萱葺きの祠を建ててお祀りした。これが 香取様の創祀である。当時の外野は、家がたった六軒しかない小さな村であったが、開発が進んで村が大きくなるにつれて家数が増え、社殿も大きくなって今日のようになった。
この話がいつごろのことで、また、漂着した神体がどんなものであったのかはわからないが、『風土記稿』には「香取社 村の鎮守なり、勝蔵院持、下同じ、末社稲荷 弁天」とあるところから、江戸中期には現在のような姿で祀られていたものであろう。

ご祭神
経津主(ふつぬし)大神
アクセス
久喜市外野66YAHOO地図より

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鳥居
鳥居
こまいぬ
こまいぬこまいぬ
石祠 辨財天石祠 稲荷大明神
石祠 辨財天石祠 稲荷大明神

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