久伊豆神社

社 史

当新堀は、比較的早い時期から村内が上下に分かれ、各々に村役人が置かれ、鎮守も別々に祀っていた。『風土記稿』新堀村の頃に「久伊豆社 二宇 共に村の鎮守にして、一は南蔵院持、一は観音寺持」と記されているのは、そうした状況を示すものである。なお、社号の「久伊豆」は、書類の上では「ひさいず」と読んできたが、氏子の間では「くいず」と読む。当社は、上記の二つの久伊豆社のうち「南蔵院持」の社で、上新堀の鎮守として祀られてきた。
久伊豆神社の祭神は、一般に大己貴(おおなむち)命であるが、当社では宇賀御魂(うかのみたま)命が祭神である。それは、天明の飢饉の際、村民が京都に行き、村内繁盛・五穀豊穣・子孫長久を願って、伏見稲荷から「正一位宇賀御魂 久伊豆大明神」を勧請したことによる。
神仏分離の後、明治6年に村社となり、同29年に本殿と拝殿を改築した。更に、明治42年には字宮地の稲荷神社と字中郷の愛宕神社を合祀すると共に、境内社の統合を実施した。

ご祭神
宇賀御魂(うかのみたま)命
アクセス
久喜市菖蒲町新堀2346YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
1の鳥居2の鳥居
手水鉢
手水鉢
こまいぬ
こまいぬこまいぬ

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