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創建については、資料がなく明らかでない。しかし、江戸時代に関東一円で流行した富士浅間信仰の影響が、その背景にあったことは想像できる。鎮座地が集落から離れて、最も西方に位置しているのも、当社が富士山を意識して勧請されたことを物語っているであろう。
現在の鎮座地には社殿がなく、明治9年6月に願主飛高新七ほか5名、世話人渡辺長左衛門ほか5名の尽力により再建された「浅間大神」と刻む石碑一基が祀られているだけである。
大正2年4月、小規模な神社であるとの理由から、当地の鎮守である大輪神社に合祀された。しかし、昭和21年、浅間大神が氏子の野村源太の霊夢に現れ、旧地に帰りたいと告げたことから、現在地に戻したという。
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| 石祠 稲荷大明神 | |
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2018/05