


『風土記稿』西大輪村の項に「鷲明神社 村の鎮守なり、円明院持、末社第六天 天神 雷電 稲荷」とある。当社は、このうちの「末社第六天」と記されているものである。
往時の本社であった鷲明神社は、明治42年に東大輪の大輪神社に合祀され、以後社殿は毎年10月に行われる大輪神社からの神幸祭のお旅所として残され、地元ではこれを「お仮屋」と呼んでいる。
口碑によると、当社の創建は元禄年間(1688-1704)で、 初めは別当であった円明院の境内に祀られていたものを、いずれの時にか現在地に移したという。
社名は『風土記稿』に「第六天」とあり、明治3年の『西大輪神仏分離示談書』には「大六天之神社」とある。「胡禄社」の呼称は、その後の『明細帳』に見られる。
社殿は、昭和55年に再建され、鉄筋コンクリート造りであるが、三角形を基調とした美しいものである。
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