八幡神社

社  史

当社の創建は不明だが、『風土記稿』は、往時の当社を「八幡天神稲荷合社、古は大社なりし由、元禄改の国図、当社と覚えしき辺りに八幡社とあり、当社のことにや」と記している。現在、本堂わきにある阿弥陀薬師堂は、寛永年間(1624-44)、八幡社の本地阿弥陀如来を祀るために建立された本地堂であると伝えることなどから、当社は古くは合社ではなく、八幡社であったと思われる。
現在、覆屋内は、中央に大きな本殿を据え、これに騎乗八幡大明神像を安置する。この左右に天神社・稲荷神社・妙義社・琴平神社の小祠を置き、うち天神社と稲荷神社には、それぞれ神像を安置している。なお、天神社の神像には、寛保2年(1742)の銘がある。以上のことから、当社は、中世、当地の土豪が当時流行した神である八幡社を勧請し、これに江戸中期以降に村内の天神社と稲荷社を合祀したものと考えられる。
大正3年に字内の愛宕社を合祀し、現社号となる。

ご祭神
誉田別(ほんだわけ)命
アクセス
久喜市佐間575YAHOO地図より

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鳥居手水舎
鳥居手水舎
手水鉢力石
手水鉢力石
こまいぬ
こまいぬこまいぬ
神輿庫愛宕社
神輿庫愛宕社
青龍神社稲荷社
青龍神社稲荷社
観音堂
観音堂

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