久伊豆神社

社  史

当社は『風土記稿』実ヶ谷村の項に、「本地仏なるべし、正徳4年(1714)再建棟札の裏に、当社は嘉吉元年辛酉(1441)草創とあれど、社伝は詳ならず、されど高麗郡新堀村聖天院に蔵する鰐口の表に、久伊豆御宝前云々、武州騎西郡鬼窪郷佐那賀谷村裏に、大工渋江満五郎応仁2年(1468)11月9日とあり、鬼窪の名は今伝へざれど、佐那賀谷といひ且久伊豆といへば、当社のものなるべくして、旧きよりの勧請しるべし、聖天院に蔵する所以は知らず」と記されている。この記事に見える正徳4年の棟札は現存しないが、応仁銘の鰐口は今も日高市の聖天院にあり、渋江鋳物師の代表的な作例として県指定文化財にもなっている。従って、当社は室町中期には既に実ヶ谷の地に祀られていたことは確かであろう。
当社は明治7年に村社になった。

ご祭神
大己貴(おおなむち)命
アクセス
白岡市実ヶ谷553YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
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手水鉢秋葉社
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八坂社稲荷社
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石祠 雷電宮疱瘡社
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石祠 天神
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