須賀神社

社  史

当社は「篠津の天王様」の通称で親しまれている。その創建は享保11年(1726)のことで、合わせて神輿が作られたと伝えられている。この神輿は、後に元治元年(1864)ー明治27年(1894)ー昭和5年(1930)の三度修理が行われ、普段は本殿に奉安されている。神輿内には、享保11年の「津嶋天王宮鎮座略記」が納められており、右の伝承を裏付けると共に、尾張国(愛知県)の津島牛頭天王社から勧請されたことを物語る。
当社は無格社であったため、明治末期に村社の久伊豆神社に合祀しようとの動きが起こった。しかし、間もなく地内に赤痢が流行し、住民の間に「これは天王様の祟りだ」との声が高まったため、合祀は中止になり、当社はそのまま残されることに決まった。その後、昭和50年ごろに至って、再度、久伊豆神社への合祀の計画が持ち上がったが、この時も反対の声が強く、実現には至らなかった。しかも、この計画は、逆に当社の存在を篠津の人々に再認させることにつながり、それまでは横宿だけで行ってきた当社の管理も篠津全体で行うようになった。こうして、当社は「篠津全体の神様」となり、昭和62年には社殿も再建された。

ご祭神
素戔嗚(すさのお)尊
アクセス
白岡市篠津1834YAHOO地図より

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鳥居神額
鳥居 神額

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