口碑によると、雷電社が元から現在地にあったのに対して、湯殿社は通称を「権現様」といい、外国府間の村の中でも一番の高地である字宮下に鎮座していた。それにもかかわらず権現堂川の近くで洪水に襲われることが多かったため、雷電社のそばに遷座したという。明治5年に村社となり、この時に両社が合殿になったと思われる。
スポンサード リンク
道楽の部屋について2008 © umacamelife.net2017/07