上高野神社

社  史

『当社は、江戸時代には牛頭天王社、神仏分離後は八坂神社と呼ばれていた。鎮座地は『日光御成街道分間延絵図』によると、日光御成街道沿いの上高野村のはずれ、千住街道と交わる所の近くで、参道の入口には高札場があった。恐らく当社は、外部から進入する疫病を防ぐため、人の往き来の多い要衝であるこの地点に祀られたのであろう。『明細帳』によると、幸手宿の字浪寄に鎮座していた牛頭天王社が洪水により当地に流れ着いたため、慶長5年(1600)に村の鎮守として祀ったとある。
明治42年、字本村の胡録社・神明社・稲荷社、字大蔵の香取社・日枝社、字茨島の稲荷社、字慶作の愛宕社・羽黒社、字織部の稲荷社2社の計10社を当社に合祀し、村名を採って上高野神社に改めた。

ご祭神
牛頭天王(ごずてんのう)
アクセス
幸手市南2-939YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
1の鳥居2の鳥居
手水舎手水鉢
手水舎手水鉢
手水鉢額殿
手水鉢額殿
こまいぬ
こまいぬこまいぬ
稲荷神社
稲荷神社稲荷神社
稲荷神社稲荷神社
天満宮大六天社
天満宮大六天社
浅間大神
浅間大神浅間大神
庚申塔群
庚申塔群

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