


当社は、この宝聖寺の北に接しており、神仏分離以前は宝聖寺の末寺の一つである満願寺が別当を務めていた。現在、本殿には、往時の本地仏である十一面観音像が安置されている。満願寺の僧が著した「香取神社縁起」によれば、当社は、応永32年(1425)11月20日の明け方に同寺の住職秀覚が夢の中 で、童子の姿をした神から「この地に必ず七社の神祇を勧請すべし」とのお告げを受けたため、村人と計って七柱の神を祀ったことに始まるという。
明治5年に村社となった。
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| 鳥居 | 手水舎 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 銀杏の木 |
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| こまいぬ | |
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