


『風土記稿』に「香取社三 一は東光院持、社傍に末社を建つ、牛頭天王稲荷を合せ祀れり。一は南蔵院持。一は村持。三社共に村の鎮守なり」とある。これが『明細帳』に「明治45年1月9日、新田の香取社へ本田の香取社、同境内社八坂社、稲荷社。また、蛭子の香取社を合併し、香取神社と改称す」とあるように、新田の南蔵院持ちであった香取神社(当社)に、本田の東光院持ちであった香取社と、蛭子の村持ちであった香取社を合祀した。 しかし、その後も各社はそれぞれ独立して運営され今日に至っている。
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