


当地は安戸倉松両落としよりも低いため、独自に中水道と呼ぶ水路を設けて、水流の便を図っている。当社はこの地の命の綱とも言うべき中水道の上流部に鎮座している。中水道の完成は、享保15年(1730)であることから、当社の創建もこのころと考えられ、当地の人々の治水への願いから祀られたものであろう。
また、当社を田の畔に流れ着いた神様とも伝え、これにちなむものか、天明5年(1785)奉納の「正一位畔稲荷大明神」と刻む石製の社号額が残る。
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