


上千塚のほぼ中央にあり、高さ約1mの盛り土の上に鎮座する。
江戸時代において、当社は地内の宝性院の持ちとなっていたが、明治に入ると神仏分離により、その管理を離れた。その後、無格社であったため、昭和の初めごろ、村社であった千塚神社への合祀が企てられたが、氏子から「当社には財産(田畑三反)があるので、維持は可能である」との強い反対意見が出たことにより、合祀を免れ、現在に至っている。
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