


大塚には本組・仲組・新田・三宝堂の四集落があり、古くは集落ごとで鎮守を奉斎していた。当社は、このうちの本組を除いた三集落の鎮守を合併して成立した社で、その経緯は『明細帳』に「大正2年2月21日、同村大字同字裏村社香取社(仲組の鎮守)、字小左衛門無格社香取社(新田の鎮守)ヲ無格社八幡神社(三宝堂の鎮守)へ合併上、社号ヲ豊明神社ト改称ス」とある。
合併に当たって、八幡神社の社地が選ばれた理由は、鎮座地が高台にあり、立地条件が良かったため。社名の由来は、宮中の豊明殿にちなむもので、時の村長の命名である。
この合併により、新田と仲組の人々は、両社の社殿を山車の上に載せて当社に運び込み、参道の左右に配置し、神霊は八幡神社本殿に祭り込んだ。ところがその後、新田では不幸が相次いで起こったため、行者に観てもらったところ、「鎮守様がよそに行ってしまったからである」との判断であった。そこで、田になっていた旧地を境内地に戻し、社殿を元通りに移して、再興が行われたのである。
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| 1の鳥居 | 2の鳥居 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 大杉神社 |
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| 石祠 天満宮 | 石祠 天満宮、天満宮、天神社 |
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| 疱瘡宮 | 境内からの景色 |
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