八幡神社

社  史

日光街道(現国道四号)に沿って発展した清地では、街道に沿って幾つかの集落が形成されてきた。これらの集落は『風土記稿』に「小名」として挙げられており、当時、三本木・上清地・下清地・九右衛門新田・豊後・麹町の六つがあった。 当社はそのうちの三本木の人々によって鎮守として創建され、村の開発以来、厚く信仰されており、境内には氏子によって奉納された石造物が多い。江戸時代には、南側用水を隔てて当社の向かいにあった真言宗の万福寺の管理下にあったが、明治に入ると神仏分離によってその管掌を離れ、無格社として奉斎されるようになった。
昭和23年には、老朽化した拝殿の再建が行われた。これは、太平洋戦争の終戦直後の混乱期に、「皆が神社・仏閣を拝まなくなると困るから」と憂えた氏子一同が協力して、境内にあった杉を建材として行ったもので、その後、昭和50年には屋根が瓦からトタンに葺き替えられ、今日に至っている。

ご祭神
誉田別(ほむだわけ)命
アクセス
杉戸町清地3-7-18YAHOO地図より

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鳥居手水鉢
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手水鉢
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こまいぬ
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猿田彦大神権現神社
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於泥大神
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