


『明細帳』によると、中川の洪水により当地に漂着した幸手領木立の八幡神社舞殿を社殿に利用して一社とし、寛永5年(1628)に村の鎮守となったとある。恐らく、当社は、江戸時代初期に草刈り場が新田に開発されていく中で創建されたものと思われる。
明治39年には、大字才羽字上蓮河原の香取社、字中蓮河原の香取社二社・日枝社、字上五反沼の香取社、八幡社、字中五反沼の香取社、字上町張の日枝社、字下町張の香取社の計九社を合祀し、社名は当時の村名を採って田宮神社と改めた。しかし、昭和21年に社格制度が廃されたことを機に、合祀社の旧氏子から合祀解除の声が起こったため、合祀を解いて所有地を各社に返還し、当社の社名も元の八幡神社に戻した。
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