


当社の創祀を伝える話として「ある大水の時、上流から天神様が流れてきて、ここに留まったので祠を建てて祀った」とある。
本社の中には、「天満宮」「享保20口(1735)正月吉日 □主神□□」と刻まれる石祠が奉斎されている。この銘文は、この年に願主を神明院として創建されたことを示すものであろうか。この神明院は、現杉戸二丁目の神明社に隣接していた真言宗の寺院で、明治に入って廃寺となっている。ただし、『風土記稿』杉戸宿の項には、宝性院持の天神社が一社見え、これが当社である可能性も考えられる。明治期に同じ与左衛門にあった八幡神社へ合祀することになり、氏 子が当社を移転しようとしたところ、いくら力を合わせても動かすことができず、「天神様が動きたくないのだろう」として中止した。
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