


明治39年12月28日、政府の合祀政策に従い、才羽では一村一社とすべく大規模な合祀が行われた。これは、村社であった字東米ノ谷鎮座の八幡神社に地内のすべての無格社を合祀し、当時の村名を採って田宮神社と改称したもので、字中蓮河原に鎮座していた香取神社二社と日枝神社もその例にもれず、合祀された。
しかし、昭和21年に社格制度が廃止されると、旧氏子の間で、かつての鎮守を戻し、合祀前のように祀っていこうという要求が高まり、昭和24年、当時個人持ちの畑となっていた日枝神社の旧地の返還を受けて、一祠を設け、田宮神社から三社の神霊を奉遷し、香取日枝神社として祀ることになった。
創建については、香取神社・日枝神社ともに不詳で、『風土記稿』にも村持ちの神社として「香取社」の名が見えるだけである。
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