


『風土記稿』久米原村の項に「鷲明神社 二宇 何れも村の鎮守なり、一は明智寺持、一は大聖院持なり」とあるように、東西の粂原では、いずれも鷲明神を鎮守として祀ってきた。そのうち、東粂原の鎮守である当社は、『風土記稿』に「大聖院持」と記されている方の社である。創建の年代は定かではないが、天正18年(1590)6月の「北条家安堵状」によれば「岩槻領久米原村之内三貫文」が現鷲宮町に鎮座する鷲宮神社の社領とされ、更に同社の社伝でも、室町時代の観応2年(1351)に足利基氏によって久米原村など18か村が社領として寄進された旨が記されている。こうした当地と鷲宮町の鷲宮神社との関係の深さが、当社の勧請に結びついたものと思われる。神仏分離の後は、明治6年に村社となり、同40年には字渋谷から無格社稲荷神社を合祀した。昭和48年には、放火によって社殿が焼失したが、当時の総代が中心となって復興に努め、氏子の浄財により、翌49年1月には再建を果たすことができた。
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| 鳥居 | 手水鉢 |
|---|---|
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| 本殿 | 雷電宮 |
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| 神明宮 | 御手洗神社 |
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| 稲荷社 | 清流不動尊、天地御開闢、伊勢参宮記念 |
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