


当社には建物がなく、塚の上に建立された「浅間大菩薩」の石碑が社である。この石碑建立の年代は定かではないが「山重 島村同行」と刻まれていることから、富士講の先達である地元島村家が建立したと思われる。また、かつて当社の境内は大きな赤松が数十本も生い茂り、参道わきには30坪ほどの池があり、水田に囲まれた当社は浮島のようであった。しかし、赤松は昭和56年頃までに順次伐採され、池も昭和57年に埋め立てられ、現在は往時の面影はない。
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| 鳥居 | 参道 |
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| 二十三夜塔、小宝仙元宮 | |
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2016/06