


当社の創建は、明治3年の「社頭并除地書上写」に「仁治3壬寅年(1242)3月中勧請仕候」と記されている。また、「身代山由来記」によると、身の代大明神は大宮郷の氷川大明神と同神で、素盞鳴命が大蛇を退治して心が清々しくなったとの故事により当地を須賀村と称し、蛇の縁により別当を竜光院と号したという。
更に、口碑によれば、ある武将が奥州に落ち延びる際、その姫が追手に捕らえられそうになった。その時、当地の村人が鮗(このしろ)という魚を焼いた。この匂いは人を焼いた臭気に似ているため、村人は追っ手に対して「姫は死んだ」と言って、その命を救った。姫は感謝して鮗にちなんで身の代神社を祀ったと語られている。
『風土記稿』須賀村の項には「身代明神社 祭神詳ならず、本地仏 楊柳観音を安ず、村内の鎮守なり、竜光院持、神楽殿 末社稲荷 疱瘡神」と載る。神仏分離を経て、明治6年に村社となった。
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| 1の鳥居 | 2の鳥居 |
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| 手水鉢 | 手水鉢 |
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| こまいぬ | |
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| 石祠 稲荷大明神 | 石祠 東照大神、諏訪大明神 |
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| 石祠 稲荷大明神、稲荷大明神 | 浅間大菩薩 |
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| 保食神社 | |
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