


創建については、元禄12年(1699)に西光院住職宗彬法印と弟子の当社別当大蔵坊秀応が、荒廃した当社の改修の寄進を求めるために記した「勧進帳」(西光院蔵)には次のようなことが記されている。養老年中(717-724)かの行基が当地に来たところ、5人の老翁が現れ、「我々は仏法護持のため、様々な霊地に身を置いたが、中でも当地は天地に比べるもののない霊場である。我々は熊野三山の翁・近江日吉の主・白山の厳老である」と告げて姿を消した。行基は この告げに従い、当地に西光院を建立し、境内に寺の鎮守として当社を創建した。その後当社は、百間領五千石の総社として厚く崇敬されたが、時を経ると人々の崇敬心が衰え、社殿も著しく荒廃してしまった。この有様を憂えた宗彬法印らは、まず元禄8年に拝殿を増築し、次いで他の社殿の改修を発願して、広く寄進を求めたものである。本殿は五間社流づくりで、桃山期から江戸初期のものとされ、県内では珍しい形式であり、昭和37年の県指定文化財ととなった。
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| 鳥居 | 手水鉢 |
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| こまいぬ | |
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| こまいぬ | |
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| 石祠 大杉大明神、藤原大権現 | 第六天社 |
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