稲荷神社

社  史

当社は『風土記稿』蓮谷村の項に「稲荷社 村の鎮守なり、村民の持」とあり、その創建については二つの説がある。
一説は口碑によるもので、豊臣家の家臣であった加藤某が大坂城落城の後、京都の伏見稲荷神社の分霊を自らの守護神として受け、当地まで落ち延び帰農して開拓するに当たり、その守護神を作神として祀ったという。もう一説は『明細帳』によるもので元禄3年(1690)9月に伏見稲荷神社の分霊を遷し祀ったという。村の草分けである加藤家の子孫は、江戸時代を通じて村の名主であった。当社は初め加藤家の氏神として江戸の初期に創建されたが、その後、村人から厚く信仰されるようになったため、村の鎮守として祀るために元禄3年に再勧請されたのであろう。当社は更に明和3年(1766)に名主の加藤平右衛門が願主となり、伏見稲荷神社から「正一位稲荷大明神」の神璽を拝受した。当社は明治6年に村社に列した。

ご祭神
倉稲魂(うかのみたま)命
アクセス
宮代町百間1093YAHOO地図より

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鳥居手水鉢
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力石雷電宮
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天満宮庚申塔
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