稲荷神社

社  史

口碑によれば、江戸初期に金谷原の「七郎名主」と呼ばれた関根家では金山大神を鎮守としていた。村には上の上寺(宮崎坊か)と下に遍照院があった。当時村では上下の対抗意識が強く、名主の関根家は下に居を構えていた。安永年間(1772-81)以前に、名主が関根家から上の折原家に替わるや、上では金山社を鎮守として祀るのを嫌い、新たに京都の伏見より稲荷を勧請した。そこへ下の金山神社を合祀したという。

ご祭神
倉稲魂(うかのみたま)命
アクセス
宮代町金原43YAHOO地図より

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鳥居手水舎
鳥居手水舎
手水鉢
手水鉢
きつね
きつねきつね
金山大神天満宮
金山神社天満宮
雷電宮金谷権現神社
雷電社金屋権現神社

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