


『風土記稿』横根村の項には「妙見社 村の鎮守とす、村民の持なり」と載る。ここに見える妙見社は当社のことであり、明治初年の神仏分離の折、「妙見」が、本来は北辰(北極星)を神格化したものとされることから、現社名に改称されたものである。
明治6年に村社となり、明治末年には、字上組の無格社北辰神社と字ギラの無格社神明神社を当社に合祀することになったが、岩槻市内で一足早く合祀を実施した浮谷地区で、病気がはやるなど凶事が相次いだことから、当地の氏子から不安の声が上がり、結局見送られることになって現在に至っている。
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| 1の鳥居 | 2の鳥居 |
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| 手水鉢 | 稲荷社、庚申塔 |
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| 石祠 駒形山大明神、辨財天 | |
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2015/08