久伊豆神社

社  史

当社について『風土記稿』黒谷村の項には「久伊豆社 村の鎮守なり 光善院持」とある。別当の光善院は、当村の真言宗普慶院の末寺で、その境内地は当社の東に隣接している。寺伝によれば、開山は承応2年(1653)である。光善院の本寺の普慶院は、寛正4年(1463)に岩槻城内より当地に移転したという。更にその岩槻城は、築城以来、久伊豆神社を城及び城下町の惣鎮守として祀っていた。こ れらのことから、普慶院ゆかりの岩槻城内の久伊豆神社を当地の鎮守として分霊し、別当として光善院を建立したことが推測される。
明治初年の神仏分離により、当社は光善院の管理下を離れ、同6年3月に村社に列した。その後、同43年5月30日に字八幡裏の八幡神社、字殿海道の熊野神社及び日枝社の三社の無格社を合祀した。

ご祭神
大己貴(おおなむち)命
アクセス
さいたま市岩槻区黒谷1851YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
1の鳥居2の鳥居
手水舎手水鉢
手水舎手水鉢
手水鉢
手水鉢
こまいぬ
こまいぬこまいぬ
雷電社八幡社
雷電社八幡社
稲荷社
稲荷社

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