八幡神社

社  史

当社の周辺にはまだ林が残っており、鬱蒼とした社叢に囲まれた境内には神さびた雰囲気が感じられる。
『風土記稿』古ヶ場村の項に「神明社・末社稲荷 〇八幡社 以上二社村の鎮守にて、永福寺持 ○雷電社 村民持」と載るように、当社は神明社と共に古ヶ場村の鎮守として祀られてきた神社で、その創建については『明細帳』に「慶長元年(1596)正月11日鎮祭ノ由申伝ナリ」とあり、明治6年に村社となった。一方の神明社は、当社の東のゲートボール場になっている所にあったが、小規模な神社であったため、社格制定に際しては無格社とされ、明治41年には政府の合祀政策に従って村社である当社に合祀された。

ご祭神
誉田別(ほんだわけ)命
アクセス
さいたま市岩槻区古ヶ場510YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
1の鳥居2の鳥居
手水鉢手水鉢、稲荷社、雷電社
手水鉢手水鉢、稲荷社、雷電社
こまいぬ
こまいぬこまいぬ
天満大自在天、天満大自在天、天満宮神明社
天満大自在天、天満大自在天、天満宮 神明社

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