月讀神社

社  史

慈恩寺村の鎮守は十二天社であったが、明治になると神仏分離政策が始まり、十二天社は慈恩寺の守護神として一体不離のものであったことから、政策をかわすために、浦和市岸町の調神社に分霊を願い出て、隣接地に月讀神社すなわち当社を建立した。社名については十二天の暦の月をあてたものと思われる。

アクセス

さいたま市岩槻区慈恩寺759
YAHOO地図より


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鳥居手水鉢井戸舎
十二天社
拝殿こまいぬ
こまいぬ手水鉢
浅間大神

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