


次のような話である。その昔、大戸村に堀切力弥という俠客がおり、病人の面倒をよく見ていた。ある時、元荒川の河畔で雑草を刈っていたところ、鎌の先に当たるものがあったので、草をかき分けて掘り出してみたところ金色の立派な御神体を納めた木の祠で、力弥はこれを不思議に思って自宅に持ち帰り、大切に祀っていたところ、夢枕に第六天神を名乗る白髪の老翁が現れて、秋になるとこの地に悪疫が流行するが自分を奉拝すれば必ず免れると告げた。力弥がこの言葉を信じ、信仰に精出していたところ、お告げの通り疫病が大流行し、命を落とす者も多かったが、力弥の一家は無事であった。このことを知った近郷の人々も、力弥の第六天神を厚く信仰するようになり、やがて祠の出土した元荒川堤の地に小さな祠を建立して、御神体を祀ったのが当社の始まりという。
こうした話が示すように、当社は疫病除けや病気平癒に多大な御利益があり、「大戸の第六天様」の通称で広く知られている。
明治の初めに社格が制定された際も 香取社が村社となり、当社は無格社であった。ところが、政府の合祀政策に従って、明治40年6月に村社香取神社・無格社鳴雷社・無格社厳島神社・無格社熊野神社の四社が当社に合祀されたことにより、当社は村社に列した。
スポンサード リンク
| 鳥居 | 鳥居 |
|---|---|
![]() | ![]() |
| 手水舎 | 手水鉢 |
![]() | ![]() |
| 神輿殿 | 大六天 |
![]() | ![]() |
道楽の部屋について
2008 © umacamelife.net
2015/06