


鎮座地の横根には、上組と下組の二つの村組があり、上組には妙見社が祀られ、下組には別の妙見社と神明社(当社)が祀られている。この三社は共に創建の時期は不明であるが、いずれも古くから地内に鎮座している神社で、三社のうち村全体の鎮守は下組にある妙見社であり、上組の妙見社や下組の当社は各々の組の中で祀られてきた。
神仏分離の後、妙見社はいずれも北辰神社、当社は神明神社と名を改め、村の鎮守として全体で祀られてきた故をもって下組の北辰神社が村社となり、当社と上組の北辰神社は無格社となった。そのため、政府の政策が進められた明治末期に、当社と上組の北辰神社を下組の北辰神社に合祀しようとの話が上がったが、合祀をするとよいことがないとの意見が強く、横根では合祀は行われなかった。
もともと当社の境内は現在地より100メートル西にあったが、東北自動車道敷設のため、昭和40年に現在の場所に遷座した。
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2015/07