


古くは大和田と呼ばれたが、永承年間(1046-53)に源義家が奥羽征伐に向かう途中、この地に陣を張った際、笹の生い茂った窪地に軍扇を鎮め祀り、八幡神を勧請して武運長久を祈願したため、後に笹久保と呼ばれるようになったと伝えている。下って長禄元年(1457)、太田道灌が岩槻城を築いてからは、代々の城主がこの由緒ある八幡様を城鎮護・武運長久の神として信仰し、しばしば再興・修復が図られた。
明治6年に村社となった。また、地内の善念寺の境内にあった天神社を神仏分離により当社境内に移し、他の末社と共に祀るようになった。
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| 鳥居 | 手水舎 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 神楽殿 |
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| こまいぬ | |
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| 天満宮 | 第六天 |
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| 力石 | 土俵 |
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2015/07