


『風土記稿』の徳力村の項に、当社は「三社権現社 村の鎮守とす、祭神は伝へず、社内に本地仏観音・毘沙門・大威徳明王の三尊を安ぜり、遍照寺持、末社 稲荷第六天合社 天神」として記されている。本殿は三間社流造り(ただし内部には仕切りがない)で、『風土記稿』の記事に載る「観音・毘沙門・大威徳明王」の三体の本地仏の像が、現在も内陣に安置されている。 なお、『明細帳』では当社の由緒について「創立不詳 安政5戊午年(1858)大破に付、氏子協議之上同年中再建」とあり、この本殿の竣工年がわかる。
徳力村の鎮守として祀られてきたのが当社で、明治5年には村社となり、現在も地元の人々から「鎮守様」の通称で親しまれている。
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2016/06