関白神社

社  史

昔、小田原の戦いがあった時に、岩槻城主は家来を引き連れて小田原へ出かけていった。戦いが長引きその留守中に古河公方に攻められて岩槻城が落城してしまった。その時、杉戸の武将が元荒川沿いに逃げ、たまたま渡し場に船頭がいたので船で渡してもらい平林寺に逃げ込んだ。一方追っては船頭に武将を運んだかとと詰問し、船頭は否定したが船に血痕があったため殺されてしまった。後に武将は殺された船頭のために碑を建てた、それが船越明神となり、関白神社となった。

ご祭神
船越明神

アクセス

さいたま市岩槻区平林寺925
YAHOO地図より

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Photo

鳥居鳥居手水舎
手水鉢こまいぬ
本殿石祠

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