香取神社

社  史

『風土記稿』長宮村の項には、当社について「香取社 医王院の預かる所にして、村内鎮護の神なり」と載せているように、江戸時代における当社は、真言宗の医王院によって管理されていた。しかし、幕末には衰微し、無住になっていたらしく、文久元年(1861)の当社本殿再建棟札には「別当医王院代大光寺導師浄如法印」と、大光寺の僧が代務者として名を載せている。
また、長宮の地内には、当社のほかに大光寺の門前にももう一社別に香取社があり、長宮のうちの上組の人々によって祀られてきた。この香取社は、市指定文化財になっている文明6年(1474)鋳造の鰐口に「新方庄長宮香取鰐口」との銘文が刻まれていることから、当社よりも創建が古いものであることが推測される。なお、同社は、書類の上では明治40年に当社に合祀されたことになっているが、実際はその後も社殿がそのまま旧地に残され、祭祀が続けられている。

ご祭神
経津主(ふつぬし)命
アクセス
さいたま市岩槻区長宮724YAHOO地図より

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鳥居鳥居
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手水舎手水鉢
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こまいぬ
こまいぬこまいぬ
こまいぬ
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青面金剛、馬頭観世音、天神稲荷社
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金毘羅大権現庚申塔
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青面金剛
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