徳島稲荷神社

社  史

当社の創建は、天保13年(1842)に書かれた「鎮守稲荷大明神御身躰再建寄進帳」によると下総国の真崎稲荷大明神から白狐が飛来し、小向村の日蓮宗大雄寺住職の袂に入り、徳島村の鎮守として祀って欲しいと告げたことから、1社を建立したと伝えている。
当社は、合祀や移転により、複雑な経緯をたどってきた。明治45年、合祀政策により天豊受神社に合祀された。ただし、合祀は神体を移したのみで、社殿は旧地のとどめた。大正4年、神社の東側を流れる江戸川の改修で落堀東大道南から落堀西大道南に移転。昭和7年、氏子の熱意により天豊受神社から神体の返還を受け、昭和40年境内が狭いことから現在地へ移転が行われている。

ご祭神
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

アクセス

三郷市鷹野1-217-2
地図 YAHOO地図より

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鳥居手水鉢
きつね大黒天・水神宮・八大龍王
徳島屋久太夫秀典の墓石
地名の徳島は、江戸初期に当地に掘割を築き、開拓の貢献した徳島屋久太夫秀典にちなむもので、彼が築いた堀は、その功績をたたえて秀典堀と名付けられている。当社の境内には彼の墓石が残されている。

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