


元来、江戸川は当地において、大きく「つ」の字状に蛇行しており、水害が多く、舟運にも不便であったため、享保16年(1731)に村の中央部を開削し、川を直線化する大工事が行われた。この工事により、川は直線状になったものの、樋野口の村は東西に二分されてしまった。
千葉県側の樋野口では鎮守として女体神社が祀られている。当社創建の年代及び開削によって村が分断された年代などを合わせて考えると、樋野口村では、古来、女体神社を鎮守として祀ってきたが、村が分断され東岸の女体神社に参詣できなくなった村の西側に住んでいた人々が、新たに鎮守として当社を勧請したものと推測される。
大正5年には、再度の江戸川改修により社地を現在地に移した。
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