藤波家が所蔵する天保年間(1830-44)の「村絵図」を見ると、村の西南部に八幡社地と記され、本殿・拝殿・鳥居・灯籠が描かれている。鎮座地は綾瀬川に接する所で、地名の後谷からも、かつて当地が湿地帯であったことがうかがえる。当社は明治初年に村社となり、同42年に無格日枝社を合祀し、八幡社を八幡神社と改称した。
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