


当社は、元来「宮本」と呼ばれる野口文一家の氏神であったと伝え村の開発が進み、村民も増加するにつれ、川端地区の鎮守として祀られるようになったという。現在、本社の裏にある雷電社の小祠が、野ロ家の氏神であったと伝え、恐らく、これが古い当社であろう。
大正元年12月、当社は永沼の村社八幡神社に合祀されたが、書類上の合祀にとどまった。これは、当社が運営費を捻出できる歩射面と呼ばれる水田を所有していたからである。
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| 鳥居 | 手水鉢 |
|---|---|
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| 石祠 天満宮 | 稲荷、浅間、小御岳 |
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| 雷電神社 | |
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2012/05