


当社の創建は不詳であるが、『明細帳』には「延宝3年(1675)御検地の時分泉宝院名受け有之、其以前より有之由口碑に伝う」とある。この口碑とは「昔、一人のお坊様が天神様を背負って来られた。そして、この村に着かれると、この辺りが一番落ち着くと言って神社を祀り、寺も建てた」というものである。また「移転前は当社の裏山にあり、現在は当社と一緒に移転して社殿裏にある墓石がその時のお坊様の墓である」といい、1月25日の祭りに、氏子は必ず祭典後この墓に参っている。この法印墓石には「(梵字)大口家権大僧都宥尊 延宝8庚申歳(1680)3月8日」と刻まれている。
明治7年村社となり、同43年同字無格社愛宕神社を合祀した。
昭和26年の江戸川改修工事に伴い、隣接地の新宿新田から現在地に移転している。
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| 鳥居 | 手水舎 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 石祠 浅間、雷電、愛宕、右方童子像 |
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| 石祠 浅間神社、疱瘡神 | 石祠 稲荷大明神 |
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| 法印墓石 | |
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2012/04