


社伝によれば、下総国一宮香取神宮の神馬が逃げ、この地に来たのを農民がいななきを聞きつけて、探しに来た者に知らせ帰宮させることができた。この縁で香取神宮に願い出て仁和年間(885-9)香取の分霊を勧請し内牧村の鎮守とした。その後、鷲神社が合祀されたのは建久2年(1191)という。当時内牧村は源頼朝の崇敬厚かった鷲宮神社(鷲宮町)を総鎮守とする太田庄に属し、当社は毎年鷲宮の神輿渡御の休泊地であったことから、分霊を祀ったとい う。この鷲神社が合祀されたのは下総と武蔵の国境を画していた利根川の川筋の変更による祭祀圏の移行が背景にあったものであろう。
明治40年村内にあった八つの神社を当社に合祀し、太平洋戦争中に境内の浅間塚の周辺に配置したところ、疫病など災難が起こった。
氏子の中にはこれを祟りとして、原新田の浅間神社のように旧に復したものもある。また、戸崎と四方の稲荷神社の両社も、この時元に戻して合併し、下谷稲荷と号して現在も祭りを行っている。
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| 鳥居 | 手水舎 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 本殿 |
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| こまいぬ | |
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| 稲荷神社 | 天満宮 |
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| 石祠 八幡大明神、稲荷大明神、石庖大明神、稲荷大明神 | 石祠 天神 |
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| 浅間神社 | 石祠 榛名山大権現 |
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2013/06