


当社は、その東谷原新田の鎮守として祀られてきた社で、『風土記稿』東谷原新田の項に「香取社 村の鎮守、浄法庵の持」と載る。この浄法庵は当社の真北に隣接する村の共同墓地にある堂のことで、延宝6年(1678)の造立であるという。したがって、当社が創建されたのも、それとほぼ同じころのことと思われる。神仏分離の後、浄法庵の管理を離れた当社は明治6年に村社になり、廃寺になった浄法庵は村の集会所に転用され、現在に至っている。
明治7年、東谷原新田は西谷原新田と合併し、谷原新田となった。西谷原新田では八幡社を鎮守としてきたが、この合併に際し、両村の鎮守を統合することはなかった。それは、開発以来、村の鎮守として信仰し続けた神社に対する氏子の敬神の念を反映したものであろう。関東大震災では幣殿・拝殿が全壊したが、大正15年4月には再建が果たせたのも、こうした氏子の信仰の厚さによるものといえよう。
平成22年10月21日に放火により全焼したが平成23年8月28日再建を果たせました。
スポンサード リンク
| 鳥居 | 手水鉢 |
|---|---|
![]() | ![]() |
| 石祠 菅神、白山権現 | 石祠(天神宮、天神宮) |
![]() | ![]() |
道楽の部屋について
2008 © umacamelife.net
2013/05