


創建について、詳しいことは不明であるが『明細帳』には「創立年月不詳文明(1469-87)ノ頃トノ申伝ナリ」と記されている。 また、『風土記稿』に「香取社 村の鎮守、真福寺持」と記され、江戸期には隣接する浄土宗真福寺が別当を務めていたことが分かる。更に、『明細帳』には、「往古ハ上中下三組ノ鎮守ナリシカ其後明和年中(1764-72)下組雷電神社氏子トナリ明治6年5月中氏子多数ヲ以テ村社ト公称ス」と載せ、『風土記稿』にも「雷電社 是も鎮守とす、村民の持」とあることから、下組の氏子が一時期当社から離れていた様子がうかがえる。
その後、明治45年のこととして、『明細帳』に「大字備後字大道東無格社稲荷神社合祀ス」と記録する。この社の跡地は、昭和20年代の農地改革で人手に渡ってしまったが、その地主が稲荷様のためとして分筆し、昭和39年に旧地に復した。
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| 鳥居 | 手水舎 |
|---|---|
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| 手水鉢 | 本殿 |
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| 浅間神社 | 浅間大神 |
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| 厳島神社 | 浅間神社のイチョウ |
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