


『明細帳』を見ると、当社の所在地は「豊春村大字新方袋字宮川・南中曾根字宮田」 となっている。これは当社が往時の新方袋村と中曾根村の境界に鎮座しているためである。こうした境内の位置が示しているように、当社は新方袋と南中曾根の双方の鎮守として祀られてきた神社で、『風土記稿』では中曾根村の項に「香取社 当村及び新方袋村の鎮守にて、両村の界にあり、海善院及び新方袋村満蔵院の持、末社 第六天白山 大黒天」と載る。
『明細帳』は由緒を「創立建武元年甲戌(1334)5月なりと云ふ。 昔時は新方領総社と称す。延宝6年(1678)9月大破に及び再建」と伝える。その後、社殿は明治32年の水害で新方袋の堤防決壊により流されたため、同37年に再建したものである。更に、本殿内に納まる柱の柄の墨書から弘化3年(1846)に本殿の再建があったことがわかる。
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