蒲生神社(栃木県)

社 史

蒲生君平、名は秀実、通称伊三郎。君平は林子平・高山彦九郎らとともに寛政の三奇人と言われた。尊皇愛国の志士、学者である。歴代天皇陵を調査して「山陵志」を著すなど、つとに皇室の式微をなげき紀世の宏図をいだきながら文化10年、45歳のとき業なかばにして没した。しかし、その勤皇思想に共鳴し感奮興起するものいよいよ多く幕末尊皇論のさきがけとなり一源流となった。 維新後、明治天皇はその忠節を賞され親しく祭粲料をたまわり、かつ位階を追贈された。これを記念し同志相はかって祠を建て英霊を祀るとともに、その功徳を後世に伝えるため昭和5年設備が整うと同時に鎮座祭を執行、英霊奉斎の神社を創立した。 祭神は郷土出身の先覚者として崇敬され昭和15年県社に列した。

ご祭神
蒲生君彦命

アクセス

宇都宮市塙田5-1-19
YAHOO地図より

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鳥居鳥居手水舎
手水鉢こまいぬ

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