大竹神社

社  史

当社は、元は香取社と称していた。『風土記稿』大竹村の項に「香取社 村の鎮守なり 東養寺持」とあり、化政期(1804-30)には村の鎮守として祀られていたことがわかる。その創建についての伝承はないが、村の開発が進められる中で勧請されたものであろう。
神仏分離により別当の東養寺から離れた当社は、明治6年に村社となっ た。明治40年には、字宮田の浅間神社、字堤の稲荷神社、字東畑の第六天社、字仲道の八坂神社と八幡神社及びその境内社の三峰神社のいずれも無格社を合祀し、これを機に地名を採って大竹神社と改称した。 合祀社のうち字宮田の浅間神社は、後通りの人たちの強い要望により昭和22、3年ごろに旧地に戻された。

ご祭神
経津主(ふなつぬし)命
アクセス
越谷市大竹312YAHOO地図より

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1の鳥居2の鳥居
鳥居1鳥居2
神楽殿石碑
神楽殿石碑1
石碑供養塔
石碑2供養塔
三峰社稲荷社
三峰社稲荷社
猿田彦大神八幡宮
猿田彦大神八幡宮
石祠 左から神明宮、天満宮、大六天、牛頭天皇、山王宮、石碑
石祠

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2009/04