


三野宮の鎮守である当社は、口碑に北条政子が建立したものとも、さる高貴な方の三男がこの地に流れて来て没したのを悼んで建立したものとも伝えるが、いずれも定かなものではない。また、『風土記稿』三之宮村の項に「香取社 村の鎮守なり、密蔵院の持」とあることや、享保3年(1718)11月8日の再建を伝える厨子裏面の墨書の中に「三之宮村社 僧医王山神宮寺密蔵院第九代現住覚仁房戒如」とあることから、一乗院の塔頭の蜜蔵院とのかかわりがわかる。享保3年の再建の後、安政6年(1859)12月に焼失し、慶応3年(1867)に再建が果たされた。更に、拝殿は昭和26年、本殿は同38年に改築が行われている。
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| 鳥居 | 手水鉢 |
|---|---|
| 本殿 | 石碑 |
| 三ノ宮卯之助の力石 | 熊野三社権現 |
| 稲荷社 | 稲荷社 |
| 石祠 筑波山両大権現 | 石祠 天神社 |
| 石祠 水神社、稲荷神社が2、馬頭観音が2 | |
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2009/04