


当社は、大杉の鎮守としてみ祀られてきた神社である。『風土記稿』大杉村の項に「稲荷社 村の鎮守なり、浄閑寺の持、末社 香取 天神」とあるのが当社のことで、浄閑寺は当社に隣接している浄土宗の寺院で、当社の本殿北側に本堂があり、現在は社務所兼集会所としても利用している。
一方、大杉の地名は、常陸国(茨城県)稲敷郡から村鎮守として大杉神社を勧請したことにもよるともいう。当社の境内にある大杉神社(『明細長』では「阿波社」がこの話に伝える「村鎮守」であったとするなら、村の開発当所は大杉神社が鎮守であったが、村の発展によって、稲荷神社が鎮守として新たに勧請されたという経緯が考えられる。
天保11年(1840)に再建された当社の本殿は、二間社流造りである。これは、末社であった香取社をいつのころか当社に合祀したためと思われる。当社の社号額には「稲荷神社 香取神社」と両社の社名が併記されている。これは、少なくとも天保11年以降は、当社が両社の合殿として祀られてきたことによるものと思われる。
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| 鳥居 | 本殿 |
|---|---|
| 庚申塔 | 力石 |
| 神額に稲荷神社・香取神社と記されている。 | 雷電社・榛名社 |
| 大杉社 | 天神社 |
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2009/04