蒲生の一里塚(史跡)

昭和60年3月5日指定 埼玉県指定

一里塚とは、江戸時代街道沿いに1里ごと設置されていた塚で、塚の上にマツ・スギ・エノキなどを植えて、道程の目標として用いられていた。
文化年間(1804-1818)幕府が編さんした「五街道分間延絵図」に綾瀬川と出羽堀が合流する地点に、日光街道をはさんで二つの小山が描かれ、愛宕社と石地蔵の文字が記されていて、「蒲生の一里塚」が街道の東西にあったことがわかる。
多くの塚が交通機関の発達や道路の拡幅などによって姿を消した中、「蒲生の一里塚」は埼玉県内日光街道筋に現存する唯一の一里塚である。

場 所

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